【礼拝】1/30(日)

礼拝

 日時:1月30日(日)10:00
 場所:船橋中央家庭教会 礼拝堂
 説教者:車 世鍾 教区長
 題目:「創造目的を完成するための条件」
 配信URL:https://youtu.be/F5HxZALyuhg

訓読のみ言

  「条件を立てる中心思想とは、何よりも神を愛するということでなければなりません。・・・信仰の路程は必ず条件物を必要とし、そこには必ず愛が中心となっているのです。何よりも神を愛さなければなりません」(1987.6.14)

「人間は、神に対して真の愛を捧げるべきでした。そして神と一体化すべきでしたが、堕落によってサタンと愛の授受作用をし一体化してしまったのです」(1976.10.10)

  イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』 これがいちばん大切な、第一のいましめである。 第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。 これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。 マタイ22:37-40

「今、統一教会で誤解しているのは、先生が地区長あるいは教会長に任命した場合に『ああ、自分はアベルだ。君たちはカインだ。直ちに服従せよ』と言う。これはアベルになれという命令はしたんだけれど、まだまだアベルになっていません。その命令は今からアベルになるんだという任命であって、アベルになったという任命ではない。ここに統一教会の非常な問題がある。そのために発展もできない。そのために多くの者たちが落ちていく。この壁や現実界において清算する原理的なはっきりとした解釈を各自が知らなければ重大な問題となる」(1974.12.26)

「今までの日本の考えで間違っているところがある。カインはアベルに屈服する?そうじゃないよ。やって蕩減させてやる。蕩減させてやることによって善なる結果が帰ってくるんだよ。蕩減させないところには、善なる結果は帰って来ないよ。善なる基準というのは悪なる基準にとどまらない。悪なる基準を善に返すのは、それ相当の善が蕩減される基準に犠牲にならなければ、悪なる世界において善なる基準は絶対に生まれてきません。だからアベルというものは、カインに善を授けてやらなければならない。蕩減の条件を授けてやらなければならない。(1974.2.7)

「自分がアベルだから従順に従え」と言えば、怨讐は従うでしょうか? アベルは、カインに尽くしたあとにアベルとなるのです。互いに相手を尊重しなければなりません。尊重されるためには先に、カインとなる人に尽くすのです。誰よりも信仰心が厚く、誰よりも愛の心情が深く、誰よりも理想的であるという模範を示し、自然屈服させたあとに、カインたちの方から「我々の代身となって指導して下さい」と願われた時、「はい」と答えてアベルになれるのです。(1979.12.30)

「カインとアベルはお互いに敵であり、愛することができない立場にあります。サタン世界はこのために必ず分裂し、闘争が起こるのです。しかし私たちは、これとは逆の道を歩みます。すなわち、お互いに愛し得ない者同志が愛して一体化するということです。これこそが発展と勝利の秘訣なのです。アベルとカインの関係において、アベルはより神様に愛される立場にあり、カインはアベルを通して神様の愛を受けるべき立場にあります。しかし、だからといってカインの立場にある者は、アベルの立場にある者に無条件で従うのが当然だ、などと考えることは誤りです。アベルの立場にある者は、カインの立場にある者が従順に従ってくることができるように、仕向けなければなりません。
 カインは本来、アベルに反感を持ち、反発する性質を持っていますから、そのままでアベルを愛し従っていくことは、むずかしいのです。したがって、アベルの立場にある者は、誰よりもカインの立場にある者を心から愛し、身をもって教え導くことにより、カインの立場の者が心から喜んで従ってくるようにしなければなりません。そのようにするための中心的な要素は何か。それは愛であります。愛こそ二つのものを結びつける磁石なのです」(1977.6.17)

 縦的に見れば先生が長子の位置にいて、皆さんは次子の位置にいるのです。また、横的に見れば皆さんが長子の位置にいて、先生が次子の位置にいるのです。それで皆さんを復帰させようとするならば、先生は奉仕しなければならないというのです。論理がそうなのです。反対になるのです。ですから皆さんが横的に責任を果たしてこそ、ここに入ってくるのです。皆さんが先生と完全に縦的横的に一つになればこそ、アベルの位置に立てるのです。牧会者の道P.858

 それが何のことかといえば、絶対に信仰を誓う統一教会の信徒たちは全部私の中にいるために、好きなように主管してもいいけれども、新しく入ってきた人たちは蕩減復帰歴史を経なければならないのです。縦的な立場では兄の位置で弟を扱うようにしてもいいけれど、横的な立場にいるときはそうではないのです。一つになれないときは、カイン・アベルの蕩減復帰の役事をしてあげなければ、彼らが帰ってくる道がないのです。同じ道理です。牧会者の道P.859

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